デイリーディボーション 7月17日(水)

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デイリーディボーション 7月17日(水)

2019年7月17日(水)
マルコの福音書 12:28-30 28律法学者がひとり来て、その議論を聞いていたが、イエスがみごとに答えられたのを知って、イエスに尋ねた。「すべての命令の中で、どれが一番たいせつですか。」29イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。30心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
【ポイント】 ①イエス様の聖書解釈を信じる その2 この「律法学者」は、2章6節の「パリサイ派の律法学者」であったのではないかと推測できます。パリサイ派のユダヤ人は、サドカイ派のユダヤ人に対し大きな不満を覚えていました。サドカイ派の代表である祭司たちは、神殿運営から富を得、特権階級を形成し、議会までも牛耳っていました。これに加え、復活や天使を否定する彼らの聖書解釈も、聖書全体を神のことばと信じるパリサイ人と相対するものでした。
この律法学者のイエス様に対する質問は、これまでの「パリサイ人とヘロデ党の者」(12:13)、「復活はないと主張していたサドカイ人」(12:18)のイエス様を陥れるための悪意のある質問とは違い、まじめな聖書の核心に関する質問でした。おそらく、この律法学者は自分たちの宿敵であるサドカイ人を論破したイエス様に対しある種の親しみを覚えたのではないかと思われます(単に、宿敵のサドカイ人を攻撃する道具としてイエス様を利用しようと思っただけの可能性もあります)。
いずれにせよ、この律法学者の質問は、私たちクリスチャンにとってイエス様の教えの核心を知ることができる極めて重要なものとなりました。もちろん、クリスチャンだけでなく、旧約聖書を信じるユダヤ人にとっても、イエス様の答えは信仰の核心を確認するものとなったはずです。
それでは、ユダヤ人はこの二つの戒めを最も大切な戒めとして守っているのでしょうか。私たちクリスチャンはどうでしょうか。二つの戒めを信仰生活の中心として生きているでしょうか。ユダヤ人もクリスチャンも聖書の最も重要な戒めがイエス様の教えられた二つの戒めであると頭では理解していることでしょう。しかし、この二つの戒めについて、日常の生活の中で「何が本当に神様を愛する生き方となるのか?」「何が本当に隣人を愛する生き方なのか?」と考え、実践しようと努力しているでしょうか。ここに私たちの課題があるのです。
ライフチャーチ 大谷信道


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