デイリーディボーション 7月18日(火)

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デイリーディボーション 7月18日(火)

2017年7月18日(火)

【通読】
マタイの福音書 12:33-37
33木が良ければ、その実も良いとし、木が悪ければその実も悪いとしなさい。木のよしあしはその実によって知られるからです。34まむしのすえたち。おまえたち悪い者に、どうして良いことが言えましょう。心に満ちていることを口が話すのです。35良い人は、良い倉から良い物を取り出し、悪い人は、悪い倉から悪い物を取り出すものです。36わたしはあなたがたに、こう言いましょう。人はその口にするあらゆるむだなことばについて、さばきの日には言い開きをしなければなりません。37あなたが正しいとされるのは、あなたのことばによるのであり、罪に定められるのも、あなたのことばによるのです。」

【ポイント】
①頑固な人々を叱るイエス様
昨日の24節で、パリサイ人たちはイエス様に向かってこのように言いました。「この人は、ただ悪霊どものかしらベルゼブルの力で、悪霊どもを追い出しているだけだ。」今日のイエス様のことばも、このように堅くになっているパリサイ人を戒めるためのものであると思われます。

イエス様の「悪霊の追い出し」「いやし」は、苦しんでいる人を助ける「良いもの」であることは誰の目にも明らかです。しかも、その業は単に「良いもの」であるだけでなく、人間の力をはるかに越えた、神の御業であることも、誰でもが想像できるものです。イエス様はそのことを明確にされているのです。

ちなみに、昨日の「また、人の子に逆らうことばを口にする者でも、赦されます。しかし、聖霊に逆らうことを言う者は、だれであっても、この世であろうと次に来る世であろうと、赦されません。」という箇所も同じです。頑固なパリサイ人たちに対する警告なのです。パリサイ人たちも、心のなかでは薄々イエス様がキリストであることに気付いていたはずなのです。イエス様の行いが悪霊、御霊の働きによるものではないこと、つまり悪魔ではなく、神様が御業を行われていることをパリサイ人も知っていたはずなのです。つまり、それが神様の御業であることを知っていながら、自分のエゴのためにそれを認めようとしない、彼らの確信犯的な行いを強く非難されたのです。イエス様はそれを「聖霊に逆らうことを言う者」と言っているのです。

そこで、最終的な警告として、イエス様はパリサイ人に対して「36わたしはあなたがたに、こう言いましょう。人はその口にするあらゆるむだなことばについて、さばきの日には言い開きをしなければなりません。」と言われたのです。「あなた方は、そうでないことを知りながら私を悪魔のように扱いましたね。しかし、あなたは裁きの座で、私に対して言ったこと、したことについて説明しなければならないのですよ。しかし、どのような言い訳も通用しないことを知っていますね。」と言われたのです。

私たちも同じです。私たちの信仰の歩み、イエス様、隣人、キリストのからだである教会に対する愛、忠実さについて説明を求められる時が来るのです。しかし、自分がイエス様に対し誠実な歩みしているかどうかは、自分を正直に見つめれば、今知ることができます。今から、来るべき日の備えをしていきましょう。

ライフチャーチ
大谷信道


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