デイリーディボーション 7月23日(月)

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デイリーディボーション 7月23日(月)

2018年7月23日(月)

コリント人への手紙 第一 1cor 8:1
1 次に、偶像にささげた肉についてですが、私たちはみな知識を持っているということなら、わかっています。しかし、知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てます。2 人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。3
しかし、人が神を愛するなら、その人は神に知られているのです。

【ポイント】
①知識は人を高ぶらせる
8章からは「偶像にささげた肉」へとテーマ移ります。パウロはコリントの教会の誰かから、教会の中の問題についてのリストを手紙等で知らされていたのでしょう。イスラエルの外の地域の教会では、教会の中にユダヤ教からキリスト教に改宗したクリスチャンと旧約聖書の知識を全く持たないでイエス様の福音を聞きクリスチャンになった異邦人クリスチャンが混在していました。

クリスチャンになる前のユダヤ人は旧約聖書の律法に従って生きていました。ご存知のように律法は礼拝、ささげもの、宗教倫理だけでなく、食物、医療、衛生管理に至るまで細かく規定されていました。しかし、そのポイントは「神様の前での清さ(聖さ)を保つこと」でした。レビ記11章に食物についての規定が記されていますが、この規定からすると「豚肉」は食べてはならない肉の一つでした。ですから、ユダヤ人は豚肉を食べてしまうと、自分の身体が汚れてしまうという感覚が刷り込まれていたわけです。

この刷り込まれた感覚は簡単に取り去ることはできません。極端な潔癖症に悩む方の感覚に似ているかもしれません。一度汚いと思いこんでしまったものは、人からなんと言われようと、科学的なデータを示されようが、それが清潔であると考えることが難しいのです。同じように、ユダヤ人は「口に入る物は人を汚しません。しかし、口から出るもの、これが人を汚します。」(マタイ15:11)というイエス様の教えを聞いても、自分の中の感覚を変えるのには多くの時間や努力が必要だったことでしょう。

ですから、異邦人クリスチャンがユダヤ人クリスチャンに対して「口に入る物は人を汚しません。」と、いくら正しい「知識」を教えても、ユダヤ人にとっては「どうしても口にしたくないもの」、「食べられないもの」があったのです。ですから、パウロは「知識」だけでユダヤ人クリスチャンをさばこうとする異邦人クリスチャンに対して注意を与えているのです。また、「食べ物」のことで教会のメンバーが分裂してしまうような事態を避け、愛を持って理解し合い、受け入れ合うことを勧めているのです。

詳しくは、明日以降学んでいきましょう。

ライフチャーチ
大谷信道


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