デイリーディボーション 9月2日(金)

誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 9月2日(金)

2022年9月2日(水)
ローマ人への手紙 1章20-23節 20神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。21それゆえ、彼らは神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなりました。22彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、23不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。
【ポイント】 ①自分の欲望を満たすために神を利用する者にならない 現在日本で話題になっている反社会的宗教団体はじめ、多くのカルト教団の特徴は、教祖の欲望を満たすために神の名と人間を利用することでしょう。そこに集まる信者は、一見被害者のようにも見えますが、彼らの特徴も、自分の欲望を満たすために神を利用することです。教祖も信者も神を利用して自分の欲望を満たしたい(満たせる)と考えているので、利害が一致している、いわゆる「ウィンウィンの関係」のように見えます。しかし、実際には教祖側だけが利益を得ることができる仕組みになっているので、結果的には信者は詐欺の被害者となるわけです。さらに、その被害は本人だけでなく、家族、親せき、友人にまで及ぶことがあるのです。
しかし、人間の欲望を利用してお金を儲けるという戦略を用いているのはカルト的宗教団体だけではありません。現代における経済活動の多くは、人間の欲望を満たすことが中心になっているのではないでしょうか。ほとんどのビジネスは、顧客のニーズ(欲求・欲望)を満たす代わりに、その対価をもらうという仕組みになっています。商品・サービスと対価のバランスが良ければ、双方が満足できる倫理的なビジネスと認識され、悪ければ非倫理的な悪徳商法と呼ばれるわけです。実際には、悪徳商法に引っかかる機会は少ないでしょうから、現代におけるビジネス(商売)に疑問を感じる人は多くないことでしょう。
実は、そこに信仰のカルト化の落とし穴があるのではないでしょうか。私たち、キリスト教界においても、人々のニーズに応えたプログラムを提供すればより多くの人が教会に来てくれると考え、例えば教会コンサート、〇〇教室などのプログラムを行っている教会は少なくありません。クリスチャンである私たちは「イエス様のことを一人でも多くの人に知ってもらうことは良いことだ」と考えるので、それらのイベントやプログラムの真の目的が伝道であることが、来てくださる人たちにオープンになっていなくても問題ではないと考えてしまうのではないでしょうか。しかし、冷静に考えれば、たとえそれがイエス様の愛に触れてほしいという純粋な動機に基づく行為であったとしても、そのイベントやプログラムが人々から喜ばれる非常に質の高いものであったとしても、その真の目的を隠して人々をお誘いすることは、やはり問題ではないでしょうか。もし、このような現状に違和感を覚えないとしたら、私たちの感覚はカルト教団の信者さんたちのそれと大きく変わらないことにはならないでしょうか。
まことの神様とは別の何かを形にして人々の興味関心を引くという点では、今日の個所でパウロが触れている、いかにもご利益がありそうに見える「偶像」を作ることと共通点があるのです。私たちは、人々が喜ぶ「偶像」を排除し、まことの神様とその愛を伝えていく使命が与えられていることを忘れてはならないのです。
マタイの福音書7章13-14節 13狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。14いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。
ライフチャーチ 大谷信道


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