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2017年9月22(金)
【通読】
マタイの福音書 19:27-28
27そのとき、ペテロはイエスに答えて言った。「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか。」28そこで、イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。世が改まって人の子がその栄光の座に着く時、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。
【ポイント】
①使徒たちに対する将来の報酬
イエス様は来るべき時に弟子たちに大きな報酬を与えられることを約束されました。実際、12弟子たちはイエス様は本当にキリストであるのかどうかの確証がないまま、全てを捨てて従って来たわけですから、イエス様からの報酬を期待するのも自然なことでしょう。そして、イエス様は12弟子に「イスラエルの十二部族をさばく」権威、つまり新しい国を治めるという極めて大きな役割(役職)を与えられたのです。
②私たちが期待すべきことは?
ほとんどの人は、「治められる者」よりも「治める者」、「支配される者」よりも「支配する者」になりたいという欲求を持っています。多くの人がお金、高い地位、高い学歴などを熱心に求める理由は、それらを手にすると何でも思い通りに事を進めることができると信じているからです。そのような生き方は、格好の良い言い方すれば「自己実現」「夢の実現」となるのでしょうが、冷静に見れば「自己中心の実現」でもあるのです。
ですから、「イエス様を信じれば、新しいイスラエルにおいて支配者の側に立つことができる。」というような、この世的な欲望を持ったまま、イエス様に従って行くような信仰は決して健全なものとは言えないのではないでしょうか。そもそも、それではイエス様の「自分を捨て」(16:24)という命令に従っていることにはならないからです。
実は、「エホバの証人」は、ヨハネの黙示録7章4節の「4それから私が、印を押された人々の数を聞くと、イスラエルの子孫のあらゆる部族の者が印を押されていて、十四万四千人であった。」という箇所などから、この14万4000人が「霊的イスラエル」と呼ばれる人達で、天でキリストと共同支配者となり、地上を統治すると教えられているようです。
つまり「エホバの証人」の信徒の方々が、家々を熱心に訪問し続けている原動力となっているのは「14万4000人の共同支配者になりたい!」という極めてこの世的な欲望なのです。正確に言えば、「エホバの証人」という教団は、「14万4000人の共同支配者」という人参を信徒の方々の前にぶら下げて、走らせているわけです。一見、真面目、ストイック、信仰熱心に見える「エホバの証人」ですが、彼らを駆り立てているのは、極めて人間的な欲望だということができるのです。
しかし、「エホバの証人」の問題は決して他人事ではありません。「エホバの証人」という教団の中で起きていることは、私たちの心の中の「偉くなりたい」「特別な存在になりたい」と言うような罪の性質が極めて強力であることを証明しています。事実、世界中のキリスト教会を見渡せば、牧師、執事、長老、リーダーに選ばれた人が、謙虚さを失い、支配的なリーダーシップを取り始めてしまうケースが数え切れないほど存在するのです。
続けて、イエス様が私たちに期待している姿を聖書から学んでいきましょう。
ライフチャーチ
大谷信道