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2014年12月6日(土)
【通読】
ガラテヤ 2:9-10
9そして、私に与えられたこの恵みを認め、柱として重んじられているヤコブとケパとヨハネが、私とバルナバに、交わりのしるしとして右手を差し伸べました。それは、私たちが異邦人のところへ行き、彼らが割礼を受けた人々のところへ行くためです。10ただ私たちが貧しい人たちをいつも顧みるようにとのことでしたが、そのことなら私も大いに努めて来たところです。
【ポイント】
①人間的な序列に注意
1章19節と今日の箇所から、イエス様の異父兄弟であるヤコブがイエス様の復活と昇天の後にイエス様を信じる者となり、さらに、エルサエレム教会の「柱」、中心的なリーダーのひとりとして数えられるようになっていたということが分かります。しかも、今日の箇所ではヤコブの名前がケパ、つまりペテロよりも先に挙げられていることから、ヤコブの役割が極めて大きなものであったこともうかがい知ることができます。
ヤコブがパウロのように復活の主と出会い、大きな悔い改めを経験し、キリストの弟子となり、そのことばと働きが認められ使徒として数えられるようになったのか、それとも単にキリストの異父兄弟という理由で、人々から持ち上げられ、リーダーにされていったのかは全く分かりません。しかし、この後の節から、エルサレムの教会の中にも「ユダヤ主義」的な傾向がみられた事実から、この段階では依然として、ユダヤ教的、人間的な影響をうけてしまう弱さを持っていた可能性もあり、人間的な考えからヤコブがリーダーになっていった可能性も否定出来ないと思われます。
現代の教会でも、その人の召し、信仰的な歩みとは関係なく、社会的な地位、名声を有している信徒を教会の執事や長老に推薦するという傾向がないわけではありません(そもそも、選ぶほど会員がいないという現実もあります)。しかし、教会がそのような人間的な視点から歩みを続けていくと、キリストの教えから離れてしまう場合があることを覚えておきましょう。
【日曜礼拝の中心聖句】
ヨハネの福音書 12:35-36
35イエスは彼らに言われた。「まだしばらくの間、光はあなたがたの間にあります。やみがあなたがたを襲うことのないように、あなたがたは、光がある間に歩きなさい。やみの中を歩く者は、自分がどこに行くのかわかりません。36あなたがたに光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい。」イエスは、これらのことをお話しになると、立ち去って、彼らから身を隠された。
ヨハネの福音書 8:12
12イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」
【今週の適用と実践】
・この世闇の中にあるという現実を直視してみましょう。
・家族、友人が闇の中で迷い、苦しんでいる姿に痛みを覚えましょう。
・自分がキリストを知らずに闇の中を歩んでいた時のことを思い出してみましょう。
・キリストがこの世、自分のいのちの光であることを再認識してみましょう。
【今週の祈り】
「主よ、あなたの愛と赦し、永遠の命の喜びを知らずに生きていた時の闇を思い出します。あなたを知らずに生きていたらどのような人生だったかを考えると恐ろしくなります。反対に、救われた喜びが当たり前になっている自分に気がつくこともあります。また、依然として罪深い自分の姿を見る時に、自分が依然として闇にいるのではないかと感じ失望してしまうこともあります。しかし、主よあなたの救いは完全で私たちが再び闇の中に歩むことがないことを信じます。今日もあなたの光の中を歩くことができることを感謝いたします。」
ライフチャーチ牧師 大谷 信道