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2011年11月6日(木)
2コリント 11:7-8
7それとも、あなたがたを高めるために、自分を低くして報酬を受けずに神の福音をあなたがたに宣べ伝えたことが、私の罪だったのでしょうか。8私は他の諸教会から奪い取って、あなたがたに仕えるための給料を得たのです。9あなたがたのところにいて困窮していたときも、私はだれにも負担をかけませんでした。マケドニヤから来た兄弟たちが、私の欠乏を十分に補ってくれたのです。私は、万事につけあなたがたの重荷にならないようにしましたし、今後もそうするつもりです。
【ポイント】
①パウロの選択
コリントの教会のある人たちは、パウロの「報酬」についても批判をしていたことが分かります。このあとの12節などから推測すると、パウロはコリント教会からの経済的な援助を拒んだことが問題の発端だったのではないかと思われます。それが事実だとすれば、この出来事はコリント教会の人々にとっては残念なことであり、人によっては「侮辱」とも思えたことでしょう。周囲から、コリント教会はパウロを無報酬で働かさせているひどいであると思われたくはなかったのでしょう。さらに、このようなプライドの問題だけでなく、パウロが報酬を拒否することは、互いに重荷を負い合い、支え合っていきたいというコリントの教会の愛を拒否したと非難された可能性もあるでしょう。
しかし、恐らくパウロは報酬受け取ることによって、反対者からより強い攻撃をうけることになると思っていたのでしょう。つまり、お金を出す人(スポンサー)が、相手に対して支配的な行動に出るというのはこの世の常だからです。パウロはそのような機会を反対者に与えるべきでないと考えていたのでしょう。残念ながら、このような不健全な姿に陥ってしまっている教会が少なからず存在するのです。大口献金者の感情を害さないように気を遣い、牧師が真理を語れなくなってしまっていることがあるのです。
パウロは天幕(テント)職人としての技術を持ち、その仕事から生活の糧を得ていたと思われます(使徒18:3)。ただ、その仕事だけで生活が成り立っていたのかというとそうではなかったようです。9節をみると、パウロがコリントで「困窮していた」ことが明らかですし、その際に「マケドニア」の教会の信徒が援助していたことが分かります。ピリピ4章などから、それがピリピ教会であったのではないかと思われます。つまり、パウロは報酬や援助を一切受けずに伝道していたわけではなく、報酬をもらうことが伝道の障害になるのであれば、それを受け取らなかったということなのです。1コリント9章にその思いを見ることができます。「18では、私にどんな報いがあるのでしょう。それは、福音を宣べ伝えるときに報酬を求めないで与え、福音の働きによって持つ自分の権利を十分に用いないことなのです。19私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、すべての人の奴隷となりました。」
パウロはかつて教会迫害者であり、12弟子の一人でもありませんでした。しかし、復活の主に直接出会い、キリストから直接使命を受けたことも事実でした。ですから、パウロは人々の信頼を獲得し、キリストから与えられた働きを全うするためにどの弟子tたちよりも困難な道を進んでいたのでしょう。
【祈り】
《1コリント9章》
14同じように、主も、福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活のささえを得るように定めておられます。
15しかし、私はこれらの権利を一つも用いませんでした。また、私は自分がそうされたくてこのように書いているのでもありません。私は自分の誇りをだれかに奪われるよりは、死んだほうがましだからです。
アーメン
ライフチャーチ牧師 大谷 信道