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2013年7月15日(月)
ヘブル人への手紙 13:7
7神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい。
【ポイント】
①弟子訓練は知識の伝達ではない
子育ての一番のチャレンジは、親が子どもの良い模範となり続ける必要がある部分ではないでしょうか。思春期の子どもは、親(大人)の不完全さに気づき始めます。ですから、親が自分もできていないことを子どもに教えることに嫌悪感を覚えるようになります。そして、自分の不完全さ、相手の不完全さを受け入れることを覚えることによって成長していくのです。
しかし、思春期の子どもの衝突は子どもの問題だけではありません。子どもから見て、親の生き方、家での過ごし方がある程度尊敬できるものでなければ、子どもは増々親への反感を強める事になってしまいます。もちろん完璧にはなれっこありませんが、親が子どもに良い模範を示し続ける事が極めて重要です。「友達と仲良くしなさい」「互いに尊敬し合いなさい」というモラル(知識)を子どもに教えたとしても、夫婦が互いにいたわり合い、尊敬しあっている実際の姿を見せなければ、子どもはそれがどれだけ大切なことなのかを理解することはできないでしょう。
同じように、教会の指導者も、自らの生き方を示すことが求められているのです。
②「模範となること」は完璧であることではない
ここで、注意しなければならないポイントがあります。指導者に求められていることは、完璧に見えるように振る舞うことではありません。そのような無理な取り組みをして燃え尽きてしまった牧師、その妻、その他のリーダーがどれだけたくさんいることでしょうか。さらに、理想的な生き方を教えることでもありません。聖書の知識、弟子訓練のテキストの内容、つまり、知識の伝達ばかりに熱心なリーダーもたくさんいます。しかし、リーダーに求められていることは、自分の不完全さをオープンにすること、そして、日々葛藤を覚えつつキリストと共に歩むことではないでしょうか。
【祈り】
《1テモテ》
15 「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。
16しかし、そのような私があわれみを受けたのは、イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対してこの上ない寛容を示してくださったからです。
17どうか、世々の王、すなわち、滅びることなく、目に見えない唯一の神に、誉れと栄えとが世々限りなくありますように。アーメン。
アーメン
ライフチャーチ牧師 大谷 信道