デイリーディボーション 1月11日(火)

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デイリーディボーション 1月11日(火)

2022年1月11日(火)
マタイの福音書 17:1-3 1それから六日たって、イエスは、ペテロとヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた。2そして彼らの目の前で、御姿が変わり、御顔は太陽のように輝き、御衣は光のように白くなった。3しかも、モーセとエリヤが現われてイエスと話し合っているではないか。
【ポイント】 ①ペテロ・ヤコブ・ヨハネへの証し この個所は「主イエスの変容・Transfiguration of Jesus」と呼ばれ、マルコの福音書とルカの福音書にも記載されています。
とはいえ、この出来事の信ぴょう性について疑問を持つ人もいるのではないかと思います。まず、ペテロは(福音書の著者も)イエス様と話をしている二人が「モーセ」と「エリヤ」だと語っていますが、写真(写実的な絵画)が存在しない時代に、どうしてペテロがそこにいた二人をモーセとエリヤであると認識できたのかが不明です。また、三福音書のどこにも、イエス様がモーセとエリヤを弟子たちに紹介したり、後で説明している場面も記されていません。さらに、ルカの福音書にはペテロ達がひどい眠気に襲われていたと書かれています。ペテロが寝ぼけていたための「早とちり」「思い込み」だった可能性は排除できないと感じる人もいることでしょう。直接の目撃者であるヨハネが、自身の福音書にはこの重要な出来事について何も語っていないことに違和感を覚える人もいるかもしれません。
ヨハネが自分の福音書にイエス様の変容を記載する必要が無いと判断したように、福音書の読者である私たちにとっても、この出来事があってもなくてもナザレのイエスが神の御子とであるということを信じる上で大きな影響はありません。なぜなら、どのような不思議な出来事よりもイエス様の十字架と復活の事実が重要だからです。反対に、どのような奇跡や不思議な出来事があったと記録されていたとしても、十字架と復活が無ければ、それらの出来事は無意味であるか、その記述の信ぴょう性がないと判断されるでしょう。
ですから、この出来事は、私たちにとってではなく、ペテロ、ヤコブ、ヨハネにとって重要なものだったのです。この出来事が何だったにせよ、ペテロ、ヤコブ、ヨハネのイエス様理解が深まったことには間違いありません。とはいえ、イエス様の変容を目の当たりにしたペテロ、ヤコブ、ヨハネも、その直後に「だれが一番偉いのか?」などという議論をしています。
ご自分が何者であるのかを、物分かりの悪い弟子たちに、そして私たちに忍耐強く教えられるイエス様のあわれみに驚きを覚えましょう。
ライフチャーチ 大谷信道


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