デイリーディボーション 1月12日(土)

150.60.159.37誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 1月12日(土)

2019年1月12日(土)
コリント人への手紙 第2 11:16-21 16くり返して言いますが、だれも、私を愚かと思ってはなりません。しかし、もしそう思うなら、私を愚か者扱いにしなさい。私も少し誇ってみせます。17これから話すことは、主によって話すのではなく、愚か者としてする思い切った自慢話です。18多くの人が肉によって誇っているので、私も誇ることにします。19あなたがたは賢いのに、よくも喜んで愚か者たちをこらえています。20事実、あなたがたは、だれかに奴隷にされても、食い尽くされても、だまされても、いばられても、顔をたたかれても、こらえているではありませんか。21言うのも恥ずかしいことですが、言わなければなりません。私たちは弱かったのです。しかし、人があえて誇ろうとすることなら、――私は愚かになって言いますが――私もあえて誇りましょう。
【ポイント】 ①パウロが異邦人伝道の器として選ばれた理由を考える コリント教会の中に入り込んでしまった「にせ使徒」は、彼らの「家柄」「学歴」「キャリア」というような「肉」についての自慢をし、自分はパウロよりも優れた者であると吹聴していたのでしょう。そして、残念ならが、教会の人々もそれに騙されてしまったのでしょう。
パウロはピリピ人への手紙3章8節で、自分の「家柄」「学歴」「キャリア」などについて「それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それら(家柄、学歴、キャリアなど)をちりあくたと思っています。」と宣言しています。これは、パウロだけでなく、「主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさ」を知っているすべてのクリスチャンが共有している(するべき)価値観なのです。
しかし、残念なことに、コリント教会のある人達はこの価値観を共有していませんでした。ですから、パウロは「肉を誇ることを良しとする」という価値観しか持っていない人々に対して、あえて彼らの価値観、彼らの言語を用いて対話を試みているのです。
よく考えてみると、使徒の中で「肉を誇ること」で相手を論破できるような人はパウロ以外にいないわけです。つまり、神様は「肉を誇ることを良しとする」異邦人世界において、人々と対等に対話することができる器としてパウロを選ばれたわけです。恐らく、パウロも自分が異邦人伝道のために選ばれた理由をよく理解していたのでしょう。
イエス・キリストを信じ、罪の赦し、永遠のいのちが与えられたことを喜んでいるところで止まってしまっている人はいないでしょうか。神様はご自分の計画のために私たちを選ばれたことを忘れてはなりません。与えられている責任の大きさ、具体的な働きの内容はパウロと違うかもしれません。しかし、神様は私たちの家柄、学歴、キャリアだけでなく、趣味、性格など、私たちの存在すべてをお用いになりたいを考えられているのです。自分自身を見つめ直し、神様が自分をどのように用いたいを思われているのかを考えてみましょう。
ライフチャーチ 大谷信道


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