デイリーディボーション 1月30日(木)

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デイリーディボーション 1月30日(木)

2020年1月30日(木)
テサロニケ人への手紙 第一  5:9-11 9神は、私たちが御怒りに会うようにお定めになったのではなく、主イエス・キリストにあって救いを得るようにお定めになったからです。10主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、目ざめていても、眠っていても、主とともに生きるためです。11ですから、あなたがたは、今しているとおり、互いに励まし合い、互いに徳を高め合いなさい。
【ポイント】 ①再臨に備える具体的な方法 パウロはテサロニケ教会の人々に再臨に備えるための方法を教えています。それは「11ですから、あなたがたは、今しているとおり、互いに励まし合い、互いに徳を高め合いなさい。」というものです。その具体的な方法は明日以降の箇所に記されているわけですが、大切なことは何が起ころうとも、キリストの命令に忠実であることです。
そして、その理由も今日の個所にはっきりと記されています。9節を見てみましょう。「9神は、私たちが御怒りに会うようにお定めになったのではなく、主イエス・キリストにあって救いを得るようにお定めになったからです。」再臨は、キリストを信じない者にとっては、神の怒りを受ける裁きの時ですが、信じる者にとっては最終的な救いの実現の時だからです。私たちはこの点について決して勘違いしてはなりません。終末の出来事について様々な不安や恐れを感じる人はたくさんいるでしょう。しかし、再臨は救いの完成の時であることを忘れてはなりません。
さらに、10節では、具体的な「救い」の状態について説明されています。「10主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、目ざめていても、眠っていても、主とともに生きるためです。」この一節は、再臨だけでなく、肉体の死にも適用することができます。つまり、私たちは地上では、自然災害、戦争、病気、事故、事件などで命を落とす可能性が常にあるわけですが、イエス・キリストは信じる者と常にともにいてくださり、再臨、肉体の死によって、最終的に主と顔と顔を合わせる状態で共にいることができるようになるのです。
頭で分かっていたとしても、私たちは依然として再臨、肉体の死に大きな不安や恐れを覚えることでしょう。その心の動きを完全になくすことは難しいと思います。しかし、キリストを信じる私たちは、そのような時こそ信仰を働かせることが求められているのです。つまり、不安や恐れを覚えるたびに、イエス様の約束を覚え、この約束を信じ続けることです。
ライフチャーチ 大谷 信道


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