デイリーディボーション 10月7日(月)

150.60.159.37誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 10月7日(月)

2019年10月7日(月)
ピリピ人への手紙 2:19-21 19しかし、私もあなたがたのことを知って励ましを受けたいので、早くテモテをあなたがたのところに送りたいと、主イエスにあって望んでいます。20テモテのように私と同じ心になって、真実にあなたがたのことを心配している者は、ほかにだれもいないからです。21だれもみな自分自身のことを求めるだけで、キリスト・イエスのことを求めてはいません。
【ポイント】 ①パウロの感じている問題点(心配)を共有する 今日の箇所からも、パウロがピリピ教会に手紙を書かざるを得なかった忌々しき状況を垣間見ることができます。まず「テモテのように私と同じ心になって、真実にあなたがたのことを心配している者は、ほかにだれもいない」ということばを見てみましょう。1章17節の「17他の人たちは純真な動機からではなく、党派心をもって、キリストを宣べ伝えており、投獄されている私をさらに苦しめるつもりなのです。」という記述と合致します。残念ながら、多くの伝道者が教会のことではなく、自分のことを心配しながら活動していたことが分かります。ピリピ教会の大変な状況を見て見ぬふりをするような伝道者が多かったのでしょう。
次の「21だれもみな自分自身のことを求めるだけで、キリスト・イエスのことを求めてはいません。」という表現と、2章3-4節の「3何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。4自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。」という命令から、教会外の伝道者だけでなく、教会内でも、イエス様の命令に従うことよりも、自分の欲求が満たされることしか考えることができない人が大勢いたことが分かります。キリスト教が「ご利益宗教」に成り下がってしまう危険信号が灯っていたのです。
これが、パウロの頭の中にある「問題点(心配)」なのです。しかしパウロは、ピリピ教会のメンバーがその問題点の重大さに気づき、パウロの伝えたイエス・キリストの純粋な福音に堅く立ち、イエス様の命令に忠実に従う決心をすれば、その先には本当の「喜び」があるということをパウロは信じているのです。反対に、キリストの福音に忠実に歩まず、「自分自身のことを求めるだけ」という生き方の先には「喜び」はないということもできるでしょう。
パウロの感じている心配はあなたの心配になっていますか? さらに、パウロの語っている「喜び」は、教会の「主にある一致」によってのみもたらされる「喜び」であることを理解し、それがあなた自身の「喜び」になっていますか? これ以外の「喜び」を求めている人は「自分自身のことを求めるだけで、キリスト・イエスのことを求めてはいません」という不健全な信仰姿勢になっていることに気づく必要があるのです。
ライフチャーチ 大谷信道


side_worship side_info