デイリーディボーション 11月21日(水)

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デイリーディボーション 11月21日(水)

2018年11月21日(水)

コリント人への手紙 第2 5:15-16
15また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。16ですから、私たちは今後、人間的な標準で人を知ろうとはしません。かつては人間的な標準でキリストを知っていたとしても、今はもうそのような知り方はしません。

【ポイント】
① 「すべては主のために」 その2
「神様をこの世的な祝福を得るための道具にしてはならない!」ライフチャーチでは、何十回、何百回と繰り返し学んできたテーマです。私たちクリスチャンは「罪の赦し」が与えられていますが、この世においては依然として罪の性質(肉体)を持っています。つまり、私たちの肉体は依然として、「自分が一番でありたい」「自分が注目を浴びたい」「人よりも得をしたい」「様々な欲望を満たしたい」などという性質を持っているということです。そして、この罪の性質は大変誘惑に弱いのです。ですから、私たちクリスチャンは気をつけていないと「信仰」でさえも、自分の欲求を満たすための道具になってしまうのです。

もし神様が自分の欲求、欲望はすべて満たしてくださったしたら、その先に何があるか考えたことがあるでしょうか。実際にはそのようなことは起こらないので、ある人達は、神様が自分の夢を叶えてくれるまで根気強く信仰を持ち続けているだけかもしれません。でも、実際にすべて欲求が満たされたらそのさきには何があるのでしょうか?自分の欲求の実現のために神様を信じているひとは、その答えを見つけることができないでしょう。

ですから、私たちは、神様がご自分の計画(御心)の実現のために、私たちを選び、救い、日々の必要を満たしてくださっていることを忘れてはならないのです。つまり、その学校に入学できた理由、あなたがその資格試験に合格できた理由、あなたがその会社に入社できた理由、あなたが素晴らしい結婚相手を見つけることができた理由、あなたに素晴らしい家庭が与えられた理由を忘れてはならないのです。神様はまず最初にご自分の愛とあわれみの大きさ示され、次に、私たちがその愛とあわれみに動かされ、主に従い、主の計画のために生きる者へと変えられることを願われているのです。

「あー神様が私の祈りに応えてくださった!」と喜び、感謝するところで止まってしまっている人はいないでしょうか。神様は、あなたが主の愛とあわれみに動かされ、主のために生きる人生を始めるのを忍耐強く待たれているのです。しかし、それは神様が見返りを求めているわけではありません。神様は、私たちが自分のためでなく、主のために生きる時にこそ本当の喜び、祝福、平安が得られることをご存知なのです。

この世では「祝福が得られる(欲求が満たされる)こと」を売りにしている宗教が蔓延しています。しかし、私たちはそのような姿を見る時に、そのような宗教が真実なものでないことを知ることができます。自分たちの信仰の姿も同じ視点から見てみましょう。決して他人事ではないことに気がつくはずです。

あなたは自分の欲望のために生きているのですか?それとも、主の栄光(喜び)のために生きているのですか?

ライフチャーチ
大谷信道


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