デイリーディボーション 12月2日(月)

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デイリーディボーション 12月2日(月)

2019年12月2日(月)
コロサイ人への手紙  3:11 11そこには、ギリシヤ人とユダヤ人、割礼の有無、未開人、スクテヤ人、奴隷と自由人というような区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのうちにおられるのです。
【ポイント】 ①キリストがすべて 「イエス・キリストがここにおられる」という事実は、私たちの様々な既成概念を変えます。反対に、キリストの臨在を頭の知識として知っていたとしても、キリストの臨在の現実の中に生きない人の既成概念や価値観は変わることはありません。
パウロはパリサイ派のユダヤ人として生きてきました。ご存知の通り、ユダヤ人は自分たち以外は、罪深く汚れた異邦人であり、付き合いもしないという極端な差別主義者でした。パウロも例外ではありませんでした。しかし、パウロはキリストと出会い、キリストを信じることによって、彼の宗教的既成概念は根底から覆されたのです。もっと能動的に言えば、パウロは自分の差別的な価値観を捨て、キリストへの愛の応答として、かつて差別していた人々を愛することを決めたのです。キリストの臨在を信じる信仰には、これほどの力があるのです。
昨日の礼拝説教でもお話ししましたが、キリストの再臨の現実の中に生きる時に、差別的な感覚だけでなく、私たちの礼拝、祈り、交わり、学び、奉仕、さらに、教会・教団の伝統、習慣、運営のすべてに関して、変化が起こるはずなのです。別の言い方をすれば、目の前にイエス様が立っていらっしゃること、自分の隣にイエス様がともにいてくださることを、前提として物事見る時に、私たちクリスチャンにとって本当に大切なこととそうでないことを容易に区別することができるのです。
礼拝で賛美をするときに、家で祈るときに、聖書を開くときに、キリスト目の前にいらっしゃることを信じ、その姿を想像してみましょう。それだけでの、私たちの信仰の歩みが大きく変えられることに気が付くのではないでしょうか。家族、主にある兄弟姉妹との関り方も同じです。相手の内にイエス様がおられるという霊的現実を、心の目でとらえてみましょう。必ず、かかわり方が変えられるはずです。
ライフチャーチ 大谷信道


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