デイリーディボーション 12月22日(火)

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デイリーディボーション 12月22日(火)

2020年12月22日(火)
ペテロの手紙第一 2:12 12異邦人の中にあって、りっぱにふるまいなさい。そうすれば、彼らは、何かのことであなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたのそのりっぱな行ないを見て、おとずれの日に神をほめたたえるようになります。
【ポイント】 ①私たちの生き方は「証し」になっているか? ライフチャーチで繰り返し学んでいる事の1つは、私たちがイエス様の戒めに従い、夫婦、親子、兄弟、教会の兄弟姉妹と「互いに愛し合うこと」に熱心に取り組むことは、この世に対しての大変大きな「証し」になるということです。反対に、イエス様の福音を伝えながら、実際の生活では「互いに愛し合うこと」に怠惰であったとしたら、まず一番近くにいる隣人である家族には偽善者であると思われることでしょうし、キリスト教嫌いの人を作り出すことになってしまうでしょう。
ペテロは、地域社会においても、善良な市民として生活することが大切でると教えています。それもローマ帝国という独裁国家においてです。クリスチャンとして生きる時に、政府(権威者)に対して不満を覚えることはたくさんあるはずです。しかし、ペテロは、旧約聖書の出来事から、そして個人的な経験から、クリスチャンが権威に対して反抗的な人々であるという印象を持たれることは、福音の前進にプラスにならないことを知っていたのでしょう。私たちが「良い知らせ(福音)」を伝えたいのであれば、私たちが「良い人(良い媒体)」であることは、当然のことなのです。
政治家や公人と呼ばれる人々が、プライベートの生活までも吟味されてしまいます。実は、クリスチャンとしての生活も同じなのです。そこに窮屈さを覚える人もいるでしょうし、その理由で自分がクリスチャンであることを学校や職場で隠している人もいることでしょう。反対に、証しを立てるために、人前で完璧なクリスチャンを演じることに必死なクリスチャンの方もいるかもしれません。私たちは、どちらの極端にも振れる必要はありません。私たちに求められているのは完璧なクリスチャン、完璧な市民として生活することではなく、キリストを愛すること、隣人を愛することに取り組み続けること、神様からのチャレンジとして受け取り続けることではないでしょうか。
マタイによる福音書10章32-33節 32ですから、わたしを人の前で認める者はみな、わたしも、天におられるわたしの父の前でその人を認めます。33しかし、人の前でわたしを知らないと言うような者なら、わたしも天におられるわたしの父の前で、そんな者は知らないと言います。
ライフチャーチ 大谷信道


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