デイリーディボーション 3月16日(月)

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デイリーディボーション 3月16日(月)

2020年3月16日(月)
テモテへの手紙 第一 2:6 6キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自身をお与えになりました。これが時至ってなされたあかしなのです。
【ポイント】 ①「あかし」の意味を考える 6節もパウロの非常にパワフルな「あかし」が記されています。今日のパウロの一言の背景には「だから、イエス様の系図をしらべて、イエス様が本当に旧約聖書に約束されているメシアか否かなどということを詮索する必要はない!」「だから、救われるためには律法を行う必要がある!」などと言う、無意味な議論、間違った教えが教会の中で行われていたという問題があったことを忘れてはなりません。今日のパウロのことばは、このような状態を一掃することができる力を持っているのです。別の言い方をすれば、ここでパウロが言っている「これが時至ってなされたあかしなのです。」とはイエス・キリストの福音そのものでもあるということです。
ここで重要なポイントは、「キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自身をお与えになりました。」という「あかし」は、キリストの十字架は私たちに対する「神様の愛」の証明であるということです。「律法の行ないによる義(救い)」の反対は「口で信仰を告白すること」ではありません。イエス様の十字架が啓示していることは、律法による義の本質が「神様との愛の関係」であるということなのです。
ここに、教会で救われた人々に福音を語り続ける意味を見出すことができるのです。なぜなら「愛」とはスイッチのオン・オフのようなものではなく、少しづつ深め、築き上げていくものだからです。私たちが自分の救いに確信を持つことができるのは、私たちのイエス様に対する愛が少しずつ大きくなっていくことを確認できるからです。2年前の自分、1年前の自分と今の自分を比べ、イエス様に対する愛が大きくなっていると自覚できれば、私たちの信仰の歩みは健全なものであることを確認できるのです。
あなたとイエス様の愛の関係はどうでしょうか。イエス様のあなたに対する愛は常に100%で。これは永遠に変わることがありません。問題は、イエス様の100%の愛を受けている私たちが、イエス様をどれほど愛するようになっているのかということです。イエス様の愛を深めていく方法は、私たちがイエス様の愛の大きさについて、つまり「福音」を聞き続けていくことが重要なのです。最後に、パウロのエペソ教会への祈りを自分への祈りとして聞いてみましょう。
エペソ人への手紙 3章15-19節 15天上と地上で家族と呼ばれるすべてのものの名の元である父の前に祈ります。16どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。17こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、18すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、19人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。
アーメン
ライフチャーチ 大谷信道


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