デイリーディボーション 3月23日(金)

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デイリーディボーション 3月23日(金)

2018年3月23日(金)

【通読】
ローマ人への手紙 10:9-13
9なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。10人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。11聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」12ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。13「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。

【ポイント】
①救い(祝福)に「マニュアル」などない
ユダヤ人(特にパリサイ派の人々)の問題は、信仰を「マニュアル化」してしまったことです。これを「律法主義」と呼びます。律法主義の根本的な考え方は「Aという行為を行えば、Bという結果を自動的に得ることができる。」というものです。つまり、「律法の遵守」という行為を行えば、「祝福」という結果が得られるとことです。ここでの問題は「神様との真実な関係性」、つまり「愛の関係」が欠落していることです。

ユダヤ人の失敗を知っていながら、クリスチャンの中には同じ間違いを犯してしまう人たちが少なくありません。今日の9、10節を救いのマニュアルとしてしまうことです。具体的には「律法の遵守」ではなく、「口でイエスを主と呼ぶこと」という方法によって救いを得られると教えてしまうことです。さらに、「旧約時代は律法を守らなければならなかったけど、イエス様のおかげで、『イエスは主です。』と言うだけで天国に行けるんだよ!」のように、イエス様の福音を天国に行くための「より楽な方法」かのように教える人すらいるようです。繰り返しになりますが、ここでの問題も「神様との真実な愛の関係性」が欠落していることです。

イエス様は天国に行くための「楽な方法」を教えられたのではありません。むしろ、「より厳密な方法(マニュアルという意味ではなく)」を明らかにされたのです。ですから、イエス様はマタイ7章で「14いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。」と言われたのです。

②真の救い(祝福)の方法は?
誤解を恐れず、あえて「方法」ということばを使います。聖書に一貫して見る事ができる救い、祝福を得る唯一の方法は、「神様を愛すること」です。しかし、「愛」はマニュアル化することが不可能です。愛をマニュアル化しようとしても、せいぜいできることは「一見すると相手を愛しているかのように見える行為」をリストにすることぐらいでしょう。ですから「あなたが救われる唯一の方法は神様を純粋に愛することですよ」と言っても問題ないのです。パウロも9,10節で「救いを獲得するための手段」について教えているのではなく、単純に「神様に対する愛」について教えていることが明らかです。なぜなら「イエスを主と告白」することは、イエス様を愛し、絶対的な信頼を置くことだからです。

③神様の私たちに対する愛は既に与えられている
昨日も、イエス様、そして天の父の私たちに対する愛は、イエス様の十字架によって既に100%明らかにされ、誰でもがその愛を受け、愛に応えることができる状態が既に与えられていることを学びました。私たちがすべきことは、神様の寵愛を獲得するために努力すること、その方法を考えることではなく、既に与えられている神様の愛を受け取り、応えることなのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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