デイリーディボーション 4月4日(水)

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デイリーディボーション 4月4日(水)

2018年4月4日(水)

【通読】
ローマ人への手紙 11:19-21
19枝が折られたのは、私がつぎ合わされるためだ、とあなたは言うでしょう。20そのとおりです。彼らは不信仰によって折られ、あなたは信仰によって立っています。高ぶらないで、かえって恐れなさい。21もし神が台木の枝を惜しまれなかったとすれば、あなたをも惜しまれないでしょう。

【ポイント】
①パウロの務めは伝道と和解(その2)
今日の箇所も注意が必要です。パウロが異邦人クリスチャンに対して「高ぶらないで、かえって恐れなさい。」とはっきりとした注意を与えています。つまり、異邦人クリスチャンがユダヤ人クリスチャンに対して高ぶったり、傲慢になっているケースが教会の中で実際にあったということです。

パウロは季節ごとのあいさつのために教会に手紙を書いているわけではありません。様々な形で各教会の様子を聞き、そこに問題を見つけた時に筆を執り、その教会に必要なメッセージを送るのです。

多くの人がローマ人への手紙について「ローマ人への手紙は教理に重点が置かれ、論文のような内容である」というような説明をするのですが、パウロは神学講座をするためにこの手紙を書いたのでしょうか。もちろん、教理的な学びは大変重要です。しかし、私たちは更に一歩進んで、「なぜパウロは教理的なことをローマの教会のクリスチャンに教えなければならないと感じていたのか?」と考えることが大切なのです。そして、今日の箇所から、最初に述べたような問題について対処するということが、パウロがローマの教会にこの手紙を書いた理由の一つだと言うことが分かるのです。

つまり、パウロが論文のような細かさで「信仰による義」「恵み」について教えているのは、、異邦人クリスチャンとユダヤ人クリスチャンの不和、または、異邦人クリスチャンのユダヤ人に対する偏見というような問題があったからなのです。おそらく、同じような問題はエペソの教会でもあったと思われます。ですから、パウロはエペソ2章で「8あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。9行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」と語り、さらに「16また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。」と教えているのです。この「両者」とは異邦人クリスチャンとユダヤ人クリスチャンのことです。

②私たちのチャレンジ
ですから、現代のクリスチャンに与えられているチャレンジも明らかです。それは、主の十字架のゆえに、互いに赦し合い、受け入れ合うこと、一致と和解を保つことです。この点こそパウロがローマ教会のクリスチャンに伝えたかった事柄なのではないでしょうか。

ライフチャーチ
大谷 信道


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