デイリーディボーション 6月15日(土)

150.60.159.37誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 6月15日(土)

2019年6月15日(土)
マルコによる福音書 9:36-39 36それから、イエスは、ひとりの子どもを連れて来て、彼らの真ん中に立たせ、腕に抱き寄せて、彼らに言われた。37「だれでも、このような幼子たちのひとりを、わたしの名のゆえに受け入れるならば、わたしを受け入れるのです。また、だれでも、わたしを受け入れるならば、わたしを受け入れるのではなく、わたしを遣わされた方を受け入れるのです。」38ヨハネがイエスに言った。「先生。先生の名を唱えて悪霊を追い出している者を見ましたが、私たちの仲間ではないので、やめさせました。{私たちの仲間になろうとしなかったからです。}」39しかし、イエスは言われた。「やめさせることはありません。わたしの名を唱えて、力あるわざを行ないながら、すぐあとで、わたしを悪く言える者はないのです。
【ポイント】 ①成熟=子どものようになれること 「子どもっぽいこと / childish」と「子どもらしさ / childlikeness」は全く別物です。イエス様は小さな子どもの高さまでへりくだることができる謙遜さ、謙虚さを持つ者、子どもと心を通じ合わせることができる開かれた心、社会の中(当時)で最も軽んじされている存在を大切にする憐れみこそが、イエス様の弟子としての成熟であり、ある意味「偉さ」であると教えているのです。
その証拠は、イエス様に抱き寄せられた子どもがイエス様を嫌がっていないことです。子どもは感性は鋭いですから、イエス様に対して嫌悪感を覚えたら、泣き出したり、逃げたりすることでしょう。イエス様は子どもたちと通じ合える「子どもらしさ」を持っていたと推察できます。これは、先の言葉で言えば、イエス様の謙虚さ、謙遜さなのです。イエス様に似た者となるとは、イエス様のこのような部分についても適用されるのです。
ライフチャーチ 大谷信道


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