デイリーディボーション 6月5日(土)

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デイリーディボーション 6月5日(土)

2021年6月5日(土)
マタイの福音書 4:18-20 18イエスがガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、ふたりの兄弟、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレをご覧になった。彼らは湖で網を打っていた。漁師だったからである。19イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」20彼らはすぐに網を捨てて従った。
【ポイント】 ①イエス様の福音 今日の個所にイエス様の福音の本質を見ることができます。それは、バプテスマのヨハネのミニストリーと比較するととてもよく分かると思います。また、それは旧約時代と新約時代の違いを際立たせるポイントでもあります。それは、一体なんでしょう?
多くの人が、イエス・キリストの福音とは「天国に行くことができる方法」と理解しているようです。しかし「方法」について考えたり、教えたりするのは「旧約時代」の特徴なのです。事実、バプテスマのヨハネのメッセージは「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」(3:2)と「悔い改め」が天の御国に入るための方法かのように語られていますし、悔い改めた者が罪の赦しを得る方法として「バプテスマ」が行われていました。
残念ながら、クリスチャンの中にも、この旧約時代の古い教えから抜け出し、イエス様の新しいメッセージを正しく受け取っていない人が少なくありません。「信仰による義(救い)」を頭では理解していても、「救いを受けるためには洗礼を受ける必要がある」「洗礼を受けていなければ正式なクリスチャンではない」などと思っている人がいるのではないでしょうか。これらの勘違いは、私たちのマインドセット(考え方)が、旧約時代のそれから抜け出していないことを意味しているのです。
もちろん、イエス様も「悔い改めなさい」と教えられています。しかし、イエス様は、ペテロとアンデレには「わたしについて来なさい。」と声をかけられたのです。ここに、イエス様とバプテスマのヨハネとの決定的な違いがあるのです。神様(キリスト)が求められたのは、「行い」「儀式」ではなく、神様(キリスト)に従い(人生をささげ)、愛することなのです。この神様(キリスト)との個人的な愛と信頼関係の中に生きる決意こそが真の「悔い改め」であり、「信仰」なのです。
福音の本質を説明すると、長く難しい文章になってしまうかもしれませんが、イエス様はたった一言で語られたのです。それが「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」というものです。もちろん、これはペテロとアンデレにかけたことばなのですが、そのメッセージの本質はすべての人に向けられているのです。
あなたは、「わたしについて来なさい(従いなさい・愛しなさい)」というイエス様の招きをきちんと正面から受け止めていますか?この問いかけについての応答をいい加減にしたまま、「罪の赦しを与えてください」「天国に入れてください」「心に平安をください」などと、自分のお願いばかりをしている人はいませんか?
ライフチャーチ 大谷信道


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