デイリーディボーション 7月21日(水)

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デイリーディボーション 7月21日(水)

2021年7月21日(水)
マタイの福音書 6:31-32 31そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。32こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。
【ポイント】 ①心配になったら・・・ 何事も心配しないで生きて行くことは不可能であると思えます。もちろん、やせ我慢をしたり、心配事がないように演じることは可能でしょう。リーダー的な立場にある人が、周りの人を動揺させないために平静を装う必要がある場面は多々あることでしょう。しかし、内面は動揺したり、不安を抱えたりするものなのです。そのような意味で、イエス様は私たちに対して「心配しない人間になれ!」と命令しているのではないことが推察できます。
それでは、「何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。」というイエス様の命令は、何を意味しているのでしょうか。まず分かることは、イエス様は「あなたは、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配していませんか?」と、私たちに問いかけられているということです。そもそも、このイエス様の教えは、心配を覚えていない人には必要ありませんね。イエス様は、聖書の神様を信じるユダヤ人であっても、常に心に心配や不安を抱えている現実を知っていたのです。だから、私たちは、その心配や不安を隠す必要はありません。素直に、イエス様の問いかけを心に受け入れればよいのです。
次に分かることは、イエス様が「心配や不安を覚えた時に、神様を信頼しなさい」と語られていることです。31節の「しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。」ということばは、「大丈夫だよ。天の父を信頼しなさい」という励ましと慰めに満ちていますね。
ですから、私たちは心配や不安を覚えた時に、「また、私は心配してしまった。自分はなんと信仰の浅い人間なのだ」と自分を裁く必要はないのです。心配や不安を覚えるたびに、イエス様の「しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。」ということばを、自分に語られたことばとして思い出し、受け取るのです。
もちろん、イエス様との信頼関係が深められていけば、心配や不安を覚える頻度が下がっていくことでしょう。しかし、それは一朝一夕には起こらないのです。なにかと心配や不安を覚えてしまう自分自身を裁くことなく、イエス様のみことばをもって優しく励ましてあげるという積み重ねの先に、イエス様との信頼関係の構築と、心配や恐れからの解放があるのです。
ライフチャーチ 大谷 信道


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