デイリーディボーション 9月6日(金)

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デイリーディボーション 9月6日(金)

2019年9月6日(金)
マルコの福音書 15:37-38 37それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた。38神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。
【ポイント】 ①十字架の贖いの目に見える変化 実は、イエス様の十字架におけるもっとも重要な出来事は「イエス様ご自身の死」ではなく、「神殿の幕の廃止」ではないでしょうか。神殿の幕は「神様の臨在」、「神様の聖さ」と「汚れた人間」とを分けるものであり、神様と罪人の間に存在する目に見える「壁」でした。その「壁」は、罪深い人間は聖い神様に直接近づくことができないことを意味していました。また、罪深い人間が聖い神様に不用意に近づくことは「死」を意味していました。(参:出エジプト28:43)
へブル人への手紙7章では、この垂れ幕について詳しく説明されています。「7第二の幕屋には、大祭司だけが年に一度だけ入ります。そのとき、血を携えずに入るようなことはありません。その血は、自分のために、また、民が知らずに犯した罪のためにささげるものです。8これによって聖霊は次のことを示しておられます。すなわち、前の幕屋が存続しているかぎり、まことの聖所への道は、まだ明らかにされていないということです。」
さらに、「11しかしキリストは、すでに成就したすばらしい事がらの大祭司として来られ、手で造った物でない、言い替えれば、この造られた物とは違った、さらに偉大な、さらに完全な幕屋を通り、2また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げられたのです。」
旧約聖書の律法を詳しく学んでいない人には「神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。」という出来事の重大さを理解することができないと思いますが、へブル人への手紙を見れば、この出来事は、神殿の意味、至聖所の役割、さらに人々と神様との関係を根底から覆す極めて重要な出来事であったことが分かると思います。
神様が自分と共にいてくださること。神様が自分の内に住んでくださっていることが当たり前だと感じているクリスチャン少なくないでしょう。しかし、私たちが与えられている神様との関係は、イエス様の十字架での死によって実現したことであり、イエス・キリストを信じる者にのみ与えられている特権であることを常に覚えていることが大切なのです
ライフチャーチ 大谷信道


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