デイリーディボーション 9月8日(土)

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デイリーディボーション 9月8日(土)

2018年9月8日(土)

コリント人への手紙 第一 14:17-19
17あなたの感謝は結構ですが、他の人の徳を高めることはできません。18私は、あなたがたのだれよりも多くの異言を話すことを神に感謝していますが、19教会では、異言で一万語話すよりは、ほかの人を教えるために、私の知性を用いて五つのことばを話したいのです。

【ポイント】
①教会の徳を高める ーその6ー
昨日は本文の17節が抜けていましたので、再度17節から掲載しました。
19節に注目しましょう。やはりパウロにとって重要なことは「教会」なのです。パウロにとってクリスチャンの歩みの喜びは、個人的な霊的成長よりも、むしろ教会の徳が高められることなのです。どのように豊かで、物質的な必要が満たされた家庭に育っていたとしても、夫婦の愛が冷めきった家庭に育った子どもは、本当の幸せを体験することができないことは誰にでも分かると思います。同じように、どのような御霊の賜物が与えられていたとしても、自分の属する教会の中に分派、分裂、争い、陰口などが横行していたとしたら、その人は神様が与えようとされているクリスチャンとしての祝福を十分に味わうことができないのです。

しかし、恐ろしいことは、両親の愛が冷めきった家庭で育った子どもが成長するにつれ「まあ、夫婦なんてどこの家でもそんなもんでしょ。」というような形で現状を受け入れるようになってしまうのです。実は、教会においてもそうなのです。「まあ、教会なんてそんなもんでしょ。」と、教会の中で愛の実践が行われていないことが普通になってしまうのです。そうなると、「わたしは自分の信仰さえきちんと守っていければそれで幸せです。」というようなクリスチャンが育ってしまうのです。それはある意味で成熟したものの見方かもしれませんが、イエス様、パウロが教えている教会においてキリストの愛による一致を味わうことなく、地上でのクリスチャンとしての歩みを終えるとしたら、そんな悲しいことはありません。

もし、パウロの教えが彼の個人的な意見ではなく、キリストからの教えであると信じるのであれば、私たちクリスチャンは教会の建て上げ、教会の徳を高めることにもっともっと真剣になる必要があるのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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