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2021年1月23日(土)
ペテロの手紙第一 5:12-14 12私の認めている忠実な兄弟シルワノによって、私はここに簡潔に書き送り、勧めをし、これが神の真の恵みであることをあかししました。この恵みの中に、しっかりと立っていなさい。13バビロンにいる、あなたがたとともに選ばれた婦人がよろしくと言っています。また私の子マルコもよろしくと言っています。14愛の口づけをもって互いにあいさつをかわしなさい。キリストにあるあなたがたすべての者に、平安がありますように。
【ポイント】 ①群れの存在を意識する 12節の「私の認めている忠実な兄弟シルワノによって、私はここに簡潔に書き送り」という箇所から、この手紙はペテロが自室にこもって、一人で書き上げたものではないことがよく分かります。その場には少なくとも、ペテロとペテロのことばを書き留めたシルノワ(シラス)がいたことが分かりますし、13節の「バビロンにいる、あなたがたとともに選ばれた婦人がよろしくと言っています。また私の子マルコもよろしくと言っています。」という表現をみると、手紙の内容について「婦人たち」も「マルコ」も共有していたことが想像できます。つまり、この手紙はペテロの牧会・伝道チーム全体から送られているということです。また、1章1節を見ると、手紙の宛先も特定の個人ではなく、「ポント、ガラテヤ、カパドキヤ、アジヤ、ビテニヤに散って寄留している、選ばれた人々」と、小アジアの各地の「教会の群れ」であることも明らかです。
つまり、この手紙はペテロの牧会・伝道チームから各教会に送られた指示書のような性格のものであると理解することが大切だということです。それは、現代の私たちがペテロの手紙を読むときも、自分個人に宛てられた手紙としてでも、自分の信仰の成長のための教えとしてでもなく、自分を含む自分の教会の群れ全体に対して語られていることを意識することが重要だということです。
ですから、私たちが「個人的な学び」「個人的な信仰の成長」のために、この手紙をいくら学んだとしても、ペテロたちの意図や指示が伝わり、実践されることにはつながらないのです。ある意味、古代の文献や古典文学を学んでいるようなことになってしまうのです。しかし、そのような学び方で聖書を学び、神学校へ進み、研究者となり、聖書の註解書や聖書研究の教科書を書いている人は少なくないのです。そこでの問題は「ペテロ、パウロ、ヨハネなどの手紙にはっきりと見ることができるキリストの教会の建て上げ」という祈りと願いがあまり反映されないことです。
今日の個所を読むときも、私たちは神様から与えられている想像力をフルに働かせる必要があります。つまり、ペテロの牧会伝道チームが各教会のために祈っている姿、各教会で皆が集まり、ペテロの手紙を聞いている姿、そして教会が変えられて行く姿を想像するのです。そして、その姿を自分の教会に当てはめ、自分の教会がどのように変えられて行く必要があるのか、そのために自分は何ができるのかを考え、実践するのです。これが、聖書を通して神様が私たちに願われていることではないでしょうか!
ライフチャーチ 大谷信道