デイリーディボーション 10月13日(金)

誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 10月13日(金)

2023年10月13日(金)
【今日のみことば】 コリント人への手紙第一 3:1-3 1さて、兄弟たちよ。私は、あなたがたに向かって、御霊に属する人に対するようには話すことができないで、肉に属する人、キリストにある幼子に対するように話しました。2私はあなたがたには乳を与えて、堅い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は、今でもまだ無理なのです。3あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではありませんか。
【ポイント】 ①クリスチャンの成熟した状態を正しく理解する クリスチャンの成長ついて、多くの牧師、信徒が勘違いしていると感じています。典型的な勘違いのパターンがいくつかあると思いますのでいくつか触れてみたいと思います。まず、第一は「聖書の知識が豊富であることがクリスチャンとしての成長である」という勘違いです。聖書の知識が豊富であることが神様が私たちに求める成長であるとしたら、新約聖書に出てくる律法学者やパリサイ人が当時最も成熟した信者であることになりますが、イエス様のことばを聞くと、決してそうではなかったことが明らかです。イエス様はマタイ23章2-3節でこのように語っています。「 2こう言われた。『律法学者、パリサイ人たちは、モーセの座を占めています。3ですから、彼らがあなたがたに言うことはみな、行ない、守りなさい。けれども、彼らの行ないをまねてはいけません。彼らは言うことは言うが、実行しないからです。』」残念ながら、新約聖書で律法学者やパリサイ人の問題点についてはっきりと学んでいるはずなのに、同じ間違いに陥ってしまうクリスチャンが後を絶ちません。聖書の学びに参加し、毎週のメッセージをメモを取りながら熱心に学んでいるのですが、家庭、学校、職場などでの毎日の生活の中で、そのみことばが実践されていないのです。もし、牧師やリーダーは自分が教えていることを行っていないとしたら、イエス様の時代の律法学者やパリサイ人とそっくりな状態に陥っていることになります。
二つ目は、オカルト(カルト宗教)的なイメージに合致してくると、自分がクリスチャンとして成熟してきたと勘違いしてしまうことです。たくさんの宗教的なボキャブラリーで、早くまくしたてるような祈り方ができたり、自分では異言だと思っている言葉で祈ることができれば、自分は霊的に成長したクリスチャンであると勘違いしている人がいます。しかし、イエス様はマタイ6章7節で「7また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただくり返してはいけません。彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのです。」と教えられています。残念ながら、イエス様のみことばを無視し、同じ言葉の繰り返しや、ことば数が多い祈りが平然と行われているのではないでしょうか。
それでは、本当の意味でのクリスチャンとしての成熟とはどのようなものなのでしょうか。今日の個所でパウロは「あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではありませんか。」と語っているわけですが、ここからクリスチャンとしての成熟は争い、妬み、比較、競争などから自由にされ、主の恵みと愛の中で朗らかで、落ち着いた状態を保っていることです。
実は、現在のパレスチナの状況もこの1点から理解できます。つまり、神様の名を唱えながら戦争をしているユダヤ人もパレスチナ人のどちらも、イエス様が明らかにされた神様の御心とは全く関係の無い「肉に属した人」「ただの人」として生きているということです。特にアメリカ国内のクリスチャンはイスラエルを擁護し「イスラエルのために祈りましょう!」というような人が多くいるのですが、イエス様のみことばを無視した態度であると言わざるを得ません。わたしたち日本人は欧米の真似が大好きな国民であり、キリスト教界においても欧米のクリスチャンの真似をするのが好きな牧師、信徒がたくさんいるようです。しかし、私たちは神の名を利用する戦争に賛同するべきではありません。繰り返しになりますが、それは神様のための戦争などではなく、単なる人間的な欲望から生まれる争いに過ぎないからです。
ヨハネの福音書4章19-23節 19女は言った。「先生。あなたは預言者だと思います。20私たちの父祖たちはこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。」21イエスは彼女に言われた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。22救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。23しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。
主の愛によって成長する者は、主の平和(平安)へと導かれ、互いに愛し合うもの、互いに与え合うものへと変えられて行くのです。
ライフチャーチ 大谷信道


side_worship side_info