デイリーディボーション 4月17日(火)

誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 4月17日(火)

2018年4月17日(火)

【通読】
ローマ人への手紙 12:9-10
11勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。12望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。

【ポイント】
①常に目的を明確にする
繰り返し学んできましたが、パウロの手紙全体から見ることができるパウロの祈り、願いは「キリストのからだ」である教会が、主の愛にある一致を保ち(求め続け)、主から与えられた使命を全うすることです。パウロは、多くの異邦人の教会に仕え、教会のメンバーを教え、戒め、励ますことに人生を捧げました。

パウロの各地域の教会に対する働きをみると、各教会の健全な成長を抜きにして、御国の拡大、伝道の働きの拡大はありえないことが分かります。しかし、この考え方はパウロの独自のものではなく、まさにマタイ28章のイエス様の大宣教命令にも見ることができます。「19それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、20また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

「バプテスマを授け」という言葉に注目してみましょう。「バプテスマ」はイエス様が始めたものではありません。イエス様の時代にはバプテスマのヨハネがイエス様より先に「罪の悔い改めのためのバプテスマ」を授けていました。また、イエス様の時代に、異邦人がユダヤ教に改宗した際に、その改宗者にバプテスマを授け、ユダヤ人のコニュニティーに迎え入れたという研究もあります。現代においても、ユダヤ教への改宗者はバプテスマを義務付けられているようです。つまり、ユダヤ教においては、改宗者の「バプテスマ」は、その人をユダヤ人の「コニュニティー」、「群れ」に迎え入れるために行わなければならない通過儀礼として理解されていたということです。

多くのクリスチャンは「バプテスマ」を「救い」と結びつけて考えてしまうようですが、イエス様、イエス様の弟子たちユダヤ人の共通理解は「群れ・コミュニティーへの迎え入れ」だったということです。ですから、イエス様の時代のユダヤ人が「バプテスマを授け」というイエス様の命令を聞く時に、バプテスマを授ける教会は「イエス・キリストを信じた者を教会の群れに迎え入れ、兄弟姉妹として愛し合って行きなさい」という命令として聞き、バプテスマを受ける者は「これから新しい教会の群れの中で兄弟姉妹として行きていいきなさい。」という命令として聞くのです。

つまり、「バプテスマを授けなさい」というイエス様の命令は、教会の群れの形成についての命令であるということです。というこは、イエス様はすべてのクリスチャンに、健康な群れの形成の命令を与えられているということなのです。パウロはこの命令に全身全霊をもって取り組んでいたのです。

今日のみことばも、群れの形成に熱心に取り組んでいるクリスチャンたちへの励ましなのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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