デイリーディボーション 7月16日(金)

誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 7月16日(金)

2021年7月16日(金)
マタイの福音書 6:24 24だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。
【ポイント】 ①「神」か「富(金)」か? 2000年前のパレスチナにおいても、現代と同じように、人間が仕えている対象は2つであったことが分かります。それは「神」か「富(金)」です。ちなみに、日本語では、「とみ」も「かね」も「かみ」と韻を踏んでいる(一文字共通している)ので、覚えやすい組み合わせですね。
この世で巨万の富を築いている人、または一生不自由せずに生活できる資産(または将来、相続される十分な財産)を持っているクリスチャンは、自分の幸せ、心の安定が、神様との関係からではなく、「富」によるものであることに気が付く必要があります。突然、富が焼失し、死ぬまで日々の糧を得るために働く人生を歩むことになる想像をしてみれば、自分の平安や幸せが「富」から来ているのか、「神」から来ているのかを知ることができます。
「富」は神様からの祝福であるという、屁理屈を言う人がいるかもしれません。しかし、あなたが本当に神様から祝福されているのであれば、すべての「富」を失ったとしても、「日々の糧」は約束されていますから、不安になったり、不幸せを感じたりするはずはないのです。
自分では、信仰によって生きていると思い込んでいたのに、イエス様とお会いした時に「あなたは、私ではなく富を信頼して生きてきましたね。」という事実を告げられるのは、とても悲しいですね。
「富」を持たない人も、神様に「富」を祈り、それが与えられたら幸せや平安を感じて生きていけると思っていたとしたら、やはり「神」ではなく「富」に仕えていることになってしまいます。終身雇用が当然であった時代には、神様にではなく、会社に仕えていると言われても仕方のないような生活をしているクリスチャンが多かったのではないでしょうか。現代においても、富に仕えている自覚がないとしても、会社や仕事を最優先にして生きている人は少なくないのではないでしょうか。
ですので、財産や収入などに関係なく、自分が神様に仕えることを最優先にしているのかを、私たちクリスチャンは、真剣に、そして正直に考える必要があるのです。
あなたは、自分の生活の仕方、自分が何に幸せや平安を感じていますか?
ライフチャーチ 大谷 信道


side_worship side_info