デイリーディボーション 1月9日(木)

150.60.159.37誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 1月9日(木)

2020年1月9日(木)
テサロニケ人への手紙 第一 3:1-3 1そこで、私たちはもはやがまんできなくなり、私たちだけがアテネにとどまることにして、2私たちの兄弟であり、キリストの福音において神の同労者であるテモテを遣わしたのです。それは、あなたがたの信仰についてあなたがたを強め励まし、3このような苦難の中にあっても、動揺する者がひとりもないようにするためでした。あなたがた自身が知っているとおり、私たちはこのような苦難に会うように定められているのです。
【ポイント】 ①「動揺する者がひとりもないようにするため」 パウロを「宣教師」と呼ぶクリスチャンは少なくありません。もし、パウロを「宣教師」とするならば、宣教師の使命は「教会の建て上げ」ということになるでしょう。宣教地にキリストのからだとしての教会が建て上げられ、宣教師が去った後も教会が存続しなければ、そこで何人の人が救われようとも、その宣教師の働き、宣教師を送り出した教会の努力が水の泡と消えることになるのです。今日の個所からも、キリストのからだの建て上げというパウロのビジョン、そして、パウロに倣う宣教師のあるべき姿を知ることができるのです。
パウロが恐れていたことは、迫害や苦難そのものではありませんでした。もちろん、パウロは教会のメンバーの安全を祈っていたことでしょう。しかし、パウロは同時に教会のメンバーが苦難の中で動揺し、集まることをやめ、教会が消滅してしまうという事態を一番恐れていたのです。教会の消滅は、キリストの福音宣教の働きの消滅を意味するからです。教会は救われた者の群れですが、福音宣教の働きのために召し出された者の集まりでもあるのです。ですから、パウロは何とかしてテサロニケの教会の動揺を解消し、主にあって一致を保っていくために最大限の努力をしているのです。
②動揺する者がひとりもいなくても このように考えると、たとえ救われた者が何十人、何百人集まっていたとしても、その一人ひとりが福音宣教の働きを担っていなければ、教会は実質上消滅してしまっているのと同じではないでしょうか。迫害や苦難が存在しなくても、一人ひとりが家族や友人にキリストの福音を分かち合うことをしていなければ、その先にある結果は同じなのです。キリストのからだであり、伝道の最前線である教会の消滅です。ですから、牧師、宣教師だけでなく、すべてのクリスチャンは、パウロが抱いていた教会消滅の危機感を共有し、パウロに倣い教会の建て上げ、健全なキリストのからだの建て上げに注力するべきなのです。
ライフチャーチ 大谷 信道


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