デイリーディボーション 1月27日(月)

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デイリーディボーション 1月27日(月)

2020年1月27日(月)
テサロニケ人への手紙 第一  5:1-3 1兄弟たち。それらがいつなのか、またどういう時かについては、あなたがたは私たちに書いてもらう必要がありません。2主の日が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しているからです。3人々が「平和だ。安全だ」と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません。
【ポイント】 ①「主の日・再臨」の特定は不可能 イエス様は「主の日」について「36ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。」(マタイ24章)と明言されています。確かに、同じマタイ24章では主の日の前兆について教えられています。しかし、イエス様の昇天からの2000年間を考えてみると、地球のどこかではそれらの前兆を似た事柄が起きています。研究者の中にはマタイ24章29節の「だが、これらの日の苦難に続いてすぐに、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。」という現象はまだ起きていないと考える人がいますが、例えば火山の大噴火では、その付近に住んでいる地域では、火山灰により太陽(月・星)からの光が遮られたり、巨大な地震により天地が揺り動かされているような感覚を覚えることもあったでしょう。主の日の前兆に似た現象は様々な時代、地域で起きているために、そのような前兆から主の日を特定することは難しいのです。
ですから、主の日(再臨)を特定したり、予測したりするクリスチャンは、聖書の教えに極めて不忠実な者であることになります。例えば、アメリカの北部バプテストの 牧師ウイリアム・ミラーは独自の聖書解釈によりキリストの再臨が1843年であると預言し、大きな再臨待望運動がおこりました。その影響を受けた人々は主の再臨を待望するという意味の「アドベンティスト」と呼ばれました。ミラーを支持した一人がエレン G. ホワイトで、後にセブンスデー・アドベンティスト教会(SDA)を組織します。現在、SDAは自分たちは正統なプロテスタント教会であると主張していますが、その出発点はキリストの再臨の特定を試み、人々を間違いに導いてしまったグループ、つまりイエス様の教えに不忠実なグループであったわけです。「エホバの証人」はキリストの再臨が1914年であると預言しましたが、それが間違いであったことも明らかです。SDAも、エホバの証人も、間違いを認めず、予言を正当化する様々な主張をしているようですが、キリストの再臨の日を特定しようとしたという点で、聖書の教えに反するグループであると断定できるのです。ただ間違った情報を発信しただけでなく、それを信じてしまった大変多くの人の人生を狂わせてしまった罪は重いのです。
とはいえ、私たちがきちんと聖書を読み、イエス様の再臨の日を特定することは不可能でありということを知っていれば、そのような間違った教えに騙されることはないのです。私たちは聖書を手にしているわけですから、この問題の原因は指導者だけにではなく、それを信じてしまった信徒にもあることを忘れてはなりません。
再臨待望運動の中で、主の日(キリストの再臨・裁き)を恐れ、悔い改め、信仰に導かれた人はたくさんいたようです。しかし、大勢の人が教会に集まり、信仰に導かれたという結果は、決して間違った教えを正当化することはできないのです。個人的には、恐怖心から救いに導かれた人は、神様との関係の中に常にその恐怖心が残り、自分の罪の赦しを心の底から信じることができないという問題を抱えてしまう傾向が強いと感じています。一方、恐怖によってではなく、神様の愛と恵みに触れ、信仰に導かれた人は、罪深い自分自身を見つめながらも、神様が自分を愛してくださっている確信を持ち続けることができる人が多いようです。つまり、聖書的な歩みこそが、祝福への道だということなのです。
ライフチャーチ 大谷 信道


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