デイリーディボーション 10月10日(木)

150.60.159.37誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 10月10日(木)

2019年10月10日(木)
ピリピ人への手紙 2:29-30 29ですから、喜びにあふれて、主にあって、彼を迎えてください。また、彼のような人々には尊敬を払いなさい。30なぜなら、彼は、キリストの仕事のために、いのちの危険を冒して死ぬばかりになったからです。彼は私に対して、あなたがたが私に仕えることのできなかった分を果たそうとしたのです。
【ポイント】 ①ピリピ教会の喜び パウロは今日の箇所で「喜びにあふれて、主にあって、彼を迎えてください」と語り、3章の1節では「最後に、私の兄弟たち。主にあって喜びなさい。」、そして4章4節でも「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」と命令しています。それでは、パウロは何について「喜びなさい」と教えているのでしょうか。この理解を間違えると、「喜びの手紙」と呼ばれるピリピ人への手紙全体の理解が全く別物になってしまう可能性があるのです。
まず、一番大切なポイントは、パウロは「教会全体の喜び」について教えているという点です。今日の箇所も、「教会全体」としてエパフロデトを喜びをもって迎えるように勧めているわけですし、3章では「私の兄弟たち」、4章1節でも「私の愛し慕う兄弟たち、私の喜び、冠よ」と、パウロは教会の群れを覚えながら語りかけているのです。つまり、この手紙を読む私たちも、自分の教会全体を思い浮かべ、教会の喜びについて考えることが重要だということなのです。もちろん、その喜びは一人ひとりの個人の心の中で感じるものなのですが、適用から「教会」という部分を抜き取ってしまうと、パウロの教えようとしている喜びは「骨抜き(別物)」になってしまうのです。
次に重要な点は、パウロ自身が何を喜びと感じているのか、そして、パウロがピリピに教会に何を喜びと感じるように教えているのかを知ることです。それは、ピリピ教会がイエス様の御心について忠実に歩んでいることに他なりません。様々な迫害や、間違った福音を伝え教会を惑わす者などからの攻撃などの、決して喜ぶことができないような状況の中でも、一人ひとりがキリストの命令に忠実に従い、互いに愛し合い、教会の一致を保つことができていることは、区ピリピだけでなく、すべてのクリスチャン(教会)の何よりもの喜びなのです。なぜなら、4章5節にあるとおり「主は近い」からです。つまり、困難な状況の中にあっても、イエス様の命令に忠実に従い、教会の一致のために奮闘した者は、終わりの時にイエス様からの大きな報いをいただくことができるという約束が、私たちの喜びなのです。
この世では、人は自分の夢、願いの実現を喜びます。しかし、天の国の住民である私たちは、神様の御心(夢、願い)が実現することが、個人の喜びとなるのです。あなたは、何に喜びを覚えていますか?
ライフチャーチ 大谷信道


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