デイリーディボーション 3月6日(火)

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デイリーディボーション 3月6日(火)

2018年3月6日(火)

【通読】
ローマ人への手紙 8:32
32私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。

【ポイント】
①知性と想像力の両方を正しく働かせる
私の個人的な歩み、牧師としてたくさんのクリスチャンの方々との関わりから得た一つの事実は、多くのクリスチャンが「間違った神様のイメージ」を持っているということです。多くの人が「神様についての自分の勝手な思い込み」から離れることができず、聖書に記されている「神様」、イエス様が明らかにされた「天のお父さん」の姿を正しく見ることができていないのです。ですから、私たちすべてのクリスチャンにとって極めて重要な課題は、自分の思い込みを捨て、聖書にはっきりと啓示されている通りの神様の姿を認識することなのです。

今日のパウロのことばからも(その前後を含め)、ローマの教会の人々が神様が恵みに満ちた方であるということを正しく理解して欲しいとパウロが切に願っていることが分かります。パウロはローマの人々に神様の恵みについて再認識させるために答えが分かりきった質問(反語)を用いて語りかけています。そして、その分かりきった質問の答えは、「はい」なのです。つまり、神様は「御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださる」ということです。

ここでパウロが感じている問題は、ローマの教会のクリスチャンの中にイエス様の十字架の意味について理解でいていない人がいること、また、十字架の意味は理解していけれども、それが日々の生活にどのように適用されるのかが分かっていないことなのです。どういうことかというと、イエス様の十字架については学んでいるのに、ご自分の御子を犠牲にしてまでしてくださった、神様の気持ち、神様の愛、神様の恵みが受け取れていない、想像できていないということです。

さらに、具体的に言えば、イエス様の十字架について学んでいるのに、律法主義的な教えに心を動かされてしまったり、自分(他人)の不完全さを責めたり、裁いたりするというようなことがローマの教会で起きていたということでしょう。はじめに触れた通り、この問題の原因は、神様の恵みについての人々の間違った理解、思い込みによるのです。

イエス様の十字架から、神様の愛、神様の恵みについて正しく理解し、愛と恵みに満ちた神様の正しいイメージを持っている人は、揺らされることがありません。様々な困難、問題に直面しても、恐れや不安を感じても、それらに支配されることなく、平安を保つことができます。

ですから、私たちもパウロの問いかけに「はい、神様は私を恵みを与えて下さっています!だから大丈夫です!」と答えていきましょう!

ライフチャーチ
大谷信道


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