デイリーディボーション 4月22日(月)

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デイリーディボーション 4月22日(月)

2019年4月22日(月)
マルコによる福音書 4:13-15 13そして彼らにこう言われた。「このたとえがわからないのですか。そんなことで、いったいどうしてたとえの理解ができましょう。14種蒔く人は、みことばを蒔くのです。15みことばが道ばたに蒔かれるとは、こういう人たちのことです――みことばを聞くと、すぐサタンが来て、彼らに蒔かれたみことばを持ち去ってしまうのです。
【ポイント】 ①信仰のステップを理解する 昨日のライフチャーチでのイースター礼拝&愛餐会は素晴らしい祝福の時となりました。礼拝のメッセージでは1コリント15章から私たちの信仰の根拠であるイエス様の復活の事実について学びました。私たちの信仰は、人が作り出した神話でも、自分の勝手な思い込みによるものではなく、弟子たちの目撃証言(証拠)に基づく、揺るぎないものであることを確認することができました。この確信に立つときに、私たちはイエス・キリストの福音を堂々と自信をもって家族や友人に分かち合うこともできるのです。
それでは、イエスが間違いなくキリスト(救い主・メシア)であり、神の御子であり、神であることを100%確信すれば、私たちはイエス様が求める信仰を持っていると言えるのでしょうか。決してそうではありません。イエス様の教えられる信仰には次のステップがあります。それは、イエス・キリストに従うこと、イエス・キリストを愛することです。このことはサタン(悪魔)について考えれば明らかです。サタンは恐らく私たちの誰よりも神様について、キリストについて正しく理解しています(参:マルコ3:11)。しかし、サタンは神様に服従し、神様を愛することを拒否している存在です。このサタンの状況を「信仰」とは呼ばないのです。つまり、残念ながらイエスがキリストである完全な証拠を目にしたとしても、イエスがキリストであると100%理解したとしても、それは信仰への極めて重要なステップではありますが、信仰とは別物だということです。
しかし、難しく考える必要はありません。イエス様の福音の種が蒔かれた土壌(自分の心)の状態について正確に把握していれば、福音の種は着実に芽を出し、根を伸ばし、豊かな実をつけることになるのです。「道端」とは固く踏み固められた地面です。種が地中に入ることがありませんから、当然の結果として、鳥の餌となってしまうのです。福音を頭で理解しても、自分の罪深さ、神様の愛に対して心を固く閉ざしていれば、そこに福音が入り込むことはできないのです。
ですから、私たちが誰かに福音を語るときに、その人が素直に心を開くことができるように援助することが極めて重要だということです。その具体的な方法は人それぞれでよいのですが、相手の話を真剣に聞くこと、相手の状況を理解し受け入れることなどによって、相手がこの人には心を開いて良いというような信頼関係を築くことが第一歩となるはずです。地面を耕さずに種を蒔く人はいません。伝道も全く同じなのです。
ライフチャーチ 大谷信道


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