デイリーディボーション 4月25日(水)

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デイリーディボーション 4月25日(水)

2018年4月25日(水)

【通読】
ローマ人への手紙 13:6-7
6同じ理由で、あなたがたは、みつぎを納めるのです。彼らは、いつもその務めに励んでいる神のしもべなのです。7あなたがたは、だれにでも義務を果たしなさい。みつぎを納めなければならない人にはみつぎを納め、税を納めなければならない人には税を納め、恐れなければならない人を恐れ、敬わなければならない人を敬いなさい。

【ポイント】
①愛国心?それとも神への愛?
個人的に、米国においては聖書を大切にするクリスチャンは、強い愛国心を持っている人が多いという印象を持っています。教会のステージにアメリカの国旗が掲げられているケースが非常に多いですし、実際「アメリカ・ザ・ビューティフル」というような愛国心が反映された賛美歌が広く用いられています。アメリカという国が神様によって建てられたと信じているクリスチャンも少なくないでしょう。ですから、国を統治するために聖書を利用したいと思っている統治者にとってローマ人への手紙の13章などは、一見すると便利な箇所のように思えることでしょう。なぜなら、国の権力、権威に従順であること、愛国者として生きていくことが絶対者である神様の命令であると教えることができるからです。

しかし、旧約聖書、新約聖書を通して明らかなことは、神様にとって重要なことは、その人の国籍、民族、人種ではなく、ひとりひとりの神様に対する愛、神様に対する従順さなのです。もし、あるアメリカ人が神様からの祝福を受けているとすれば、それはその人が「アメリカ人」だからではなく、「神を愛する者」だからなのです。「12ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。13『主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる』のです。」(ローマ10章)

ですから、今日の箇所から学ぶべきポイントは「愛国心」ではなく「証し人」として生きることです。誰から見ても善良な市民として生きることが、福音宣教というイエス様から与えられている使命のために必要だからです。

日本への原爆投下の前に、牧師や司祭が祝福ために祈りをささげたというエピソードを目にすることがあります。もし、それが本当だとすれば、自分の国が神の国であるという聖書の間違った理解は、神の名によって大量殺戮兵器の使用さえも正当化してしまう可能性があるということです。これが神を愛することよりも、愛国心を優先させた結果なのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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