デイリーディボーション 5月23日(木)

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デイリーディボーション 5月23日(木)

2019年5月23日(木)
マルコによる福音書 7:9-13 9また言われた。「あなたがたは、自分たちの言い伝えを守るために、よくも神の戒めをないがしろにしたものです。10モーセは、『あなたの父と母を敬え』、また『父や母をののしる者は死刑に処せられる』と言っています。11それなのに、あなたがたは、もし人が父や母に向かって、私からあなたのために上げられる物は、コルバン(すなわち、ささげ物)になりました、と言えば、12その人には、父や母のために、もはや何もさせないようにしています。13こうしてあなたがたは、自分たちが受け継いだ言い伝えによって、神のことばを空文にしています。そして、これと同じようなことを、たくさんしているのです。」
【ポイント】 ①「昔の人のたちの言い伝え」に注意する ーその3ー イエス様の時代に「コルバン」という誓いが習慣として行われていました。「コルバン」という単語の意味は、マルコが説明している通り「ささげ者」です。ユダヤ人歴史学者ヨセフスの著書によると「コルバン」は自分自身を神様にささげる誓いを立てている「本人」、またその人が神様にささげようとしている「ささげ物」を指していたことが分かります。
この習慣は旧約聖書の律法に記されているものではなく、「昔の人たちの言い伝え」です。イエス様はこの「コルバン」の習慣について、決定的な問題点を指摘しています。それは、十戒の5番目の「あなたの父と母を敬え」という戒めと矛盾していることです。ただ矛盾しているだけでなく、十戒よりも「昔の人たちの言い伝え」を優先させてしまっていることが問題なのです。
それでは、現代において同じような問題はないのでしょうか。広く認識されているものは、「4あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。5それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。」(出エジプト20章)十戒の第二戒の違反でしょう。もちろん、モーセの時代の「金の子牛」のような偶像、信仰対象を作ってしまうことはないわけですが、人間の造った「イエス像」「マリア像」そのほかの「聖人像」が、その像が伝えようとしているイメージ(メッセージ)ではなく、像そのものが信仰の対象のようになってしまっているケースをたくさん見ることができます。厳密に言えば、十字架のアクセサリーが、イエス様のみことば、臨在を思い出させる道具ではなく、特別な力がある「お守り」のような感覚で身につけている人がいるとすれば、それも偶像に近いものと言えるでしょう。
「コルバン」も「像」も、最初は「信仰の助け」のために作られたものであったと思われます。しかし、時間が経過する中で、本来の意味が失われ、間違った教えが伝統として定着してしまったのです。ですから、昨日も学んだように、私たちは、キリスト教の中で大切にされている伝統や習慣の中に、聖書の教えを矛盾しているものがないのかを検証していくことが大切なのです。どのような教団、教派、教会であっても、そこにある伝統や習慣が聖書の権威を上回ることは絶対にないからです。
ライフチャーチ 大谷信道


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